「明治時代の文学といえば夏目漱石や森鴎外なんですが、実際に何十倍も売れたのは『明治娯楽物語』。本書はそれを言いとしている。明治はものすごい勢いで文明開花が進んだ——欧米の文学は敷居が高くて読めない、できれば講談調で読みたい、そこに答えたのが明治娯楽物語。 大流行したフォーマットは『弥次喜多』。1802年の十返舎一九『東海道中膝栗毛』のキャラクター(やじろべえと喜多八)を使い回す、現代の異世界転生もの・ラノベと同じ感覚——とりあえず弥次喜多をどっかへ行かせて、その世界の知識(西洋文化)を取り入れる。 『宇宙世界膝栗毛』(明治17年):弥次喜多が月へ行く。ジュール・ヴェルヌの宇宙旅行原作通り——大砲の弾でしがみついて飛ぶ(無重力描写は『すぐ喉が詰まる』とテキトーすぎる)。 『人体道中膝栗毛』(明治19年):旅費がないからミクロ化して人体内を旅する——『口車』は唇でできた水車、『嘘八百里という長い流れ』『二枚舌のたて板』、本当にダジャレばっかり。父山(乳房まで登山)まである、中学生男子のノリ。 そしてやはり明治の偉大な誤解:絵画を『リアル=設計図と同じ』と捉えてしまった。江戸時代の浮世絵は『遅れたもの』として安く海外へ売り渡し、写真のようにリアルな西洋絵画だけを学ぼうとした。これが小説にも波及して『創作はダメ、ありのまま書く純文学だけが正統』という日本独特の伝統が今も残っている。福沢諭吉が書生をフランス語の小説で読んでるのを見ても叱った——フィクションを読むなんて時間の無駄だと。」
– 出典: YouTube『岡田斗司夫ゼミ』「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ 解説(00:00〜)